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有機触媒の化学

1. 穏やかな性質を活かした反応開発:

    弱い相互作用による多点活性化がもたらす選択的分子変換

     有機触媒は様々な分子間相互作用を利用して基質分子を活性化します。しかし概してその強度は金属触媒に比べるとそれほど強くはありません。このため、反応を触媒するためにはしばしば多重の活性化が必要になりますが、これは言い換えれば触媒反応の遷移状態において多点での相互作用を利用しやすいということでもあります。たとえ非常に速く進行する反応であってもです。この考えに基づいて私たちは、ヘテロマイケル付加反応を利用した様々な複素環化合物の不斉合成法やそれらを応用した分子変換反応を開発してきました。 高いエナンチオ選択性を達成するためには、基質の種類に応じて適切な活性化様式を持つ触媒を選択することが重要です。そしてなにより、その活性化には触媒との複数の相互作用を同時に利用することが鍵になります。

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A. 分子内ヘテロマイケル付加反応

     分子内ヘテロマイケル付加反応は簡便に複素環を合成できる反応です。しかし非常に速く進行する分子内反応であるため、エナンチオ選択性を得ることは難しい反応でした。そこで私たちは酸と塩基を同一分子内に持つ有機触媒(アミノチオウレア、リン酸など)に焦点を当てました。これらの触媒は水素結合を多点で複合的に利用しながら基質を活性化できます。こうして基質を多点で認識することは効果的なキラル環境の構築につながります。また、穏和な水素結合を介した相互作用を利用することで、多点での活性化が同時に機能してはじめて反応が進行する酵素の様なシステムをつくることができます。私たちはこの手法により様々な複素環化合物の不斉合成を達成しています。

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B. 軸不斉化合物の合成

     二官能性有機触媒はこれまでに不斉合成の発展に大きく貢献してきました。この触媒は(チオ)ウレア基と第三級アミノ基が協力して働き、水素結合ドナーと水素結合アクセプターを同時に認識することができます。Aでも述べたように私たちは、分子内ヘテロマイケル付加を経る不斉環化反応にこれらの触媒が有効であることを見つけています。これらの反応では遷移状態において、基質のある特定のコンホメーションを触媒が認識し、これがエナンチオ選択的な不斉中心の構築につながっています。そこでこのコンホメーション制御の能力を応用したところ、二官能性有機触媒が認識する分子配座は軸不斉にも変換できることを見いだしました。この研究により、軸不斉化合物の効率的な合成法として二官能性有機触媒の新たな可能性を示すことができました。

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C. α,β-不飽和アシルアンモニウム触媒

     合成中間体として重要な化合物であるカルボン酸誘導体に対する不斉ヘテロマイケル付加反応は不斉収率の低さがしばしば問題になっていました。これはBrønsted酸やLewis酸などによる非共有結合を介した活性化では、配位点(ヘテロ原子)が複数あるエステルなどの基質の場合、様式が複雑になるためと考えられます。そこでこの場合には、基質を触媒にしっかりと固定できるように、共有結合を含む多点活性化を利用したところ、エナンチオ選択性が大きく向上することを見いだしました。つまり、カルボン酸誘導体と第三級アミン触媒が付加脱離反応して発生するα,β-不飽和アシルアンモニウム中間体を鍵に硫黄のマイケル付加を経る環化反応を設計したところ、高位置・立体選択的な反応が実現しました。これらの反応により、代表的な医薬化合物である1,5-ベンゾチアゼピンなどが従来よりも効率よく合成できることを見つけています。

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2. 新しい有機触媒の開発:

    新しい触媒官能基の創出

     まだ始まったばかりのプロジェクトですが、新しいカテゴリーの触媒の開発を目指して奮闘中です。上記の研究では、チオウレアやウレア、リン酸などの酸性官能基、また第三級アミンなどの塩基性官能基、さらにはカルコゲンの性質に由来する特殊な相互作用など、様々な官能基を触媒活性部位として利用してきました。では、もしこの触媒活性部位に新しい選択肢を与えるような触媒を開発することができれば、触媒反応の反応性や選択性に影響を与える有効な手段になり、有機触媒による分子変換の可能性をさらに拡張することができるはずです。そこで、私たちは触媒活性部位としてこれまであまり用いられてこなかった官能基を利用した触媒の設計に取り組んでいます。現在はオレフィンという官能基に注目し、特にトランスシクロオクテンという化合物に焦点を当てた研究を行っています。この分子は、歪みにより高い反応性を生み出すことができ、またオレフィンでありながら面不斉に基づくキラリティを持つ構造でもあります。さらに、置換基を導入することで反応場を精密に設計することができるため、そのデザイン性にも優れていると考えています。

     これまでの研究により既に、トランスシクロオクテン誘導体の触媒的な性能を初めて見いだしました。これらの歪みオレフィンはハロラクトン化反応を効果的に促進する触媒活性部位になり、その触媒機能にはトランスシクロオクテン骨格が必須であることも明らかになりました。また、置換基の効果も大きいことから、反応場の設計に様々な可能性を見いだすことができ、このような分子が分子触媒設計における新しいプラットフォームになるのではないかと期待し、さらに研究を進めています。

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